銀色の夢【完結篇】 弐

 

 

 

 

 

 

一週間後

土方は都合良くターミナル爆破予告事件の捜査に当たり、都合良く爆風に巻き込まれた。

 

「またなの?トシ!」
叫ぶ近藤。
「都合良く爆破事件に巻き込まれたじゃねぇですかぃ。
つっても、今回は意識不明の重体ですがねぃ」
沖田は呆れ 肩を竦めた。

 

【真撰組副長・土方十四郎
ターミナル爆破予告事件の捜査中、爆破に巻き込まれ意識不明の重体】


大江戸新聞の見出しを見た銀時は激しく動揺していた。

全身の血が引く様に寒くなり、身体が震え、眩暈がする。


「知らなかったのか?銀時?
昨晩からTVでやっていたぞ」
「み、見て、な…」
倒れそうな銀時を支える。
「しっかりしろ、銀時」
「ヅラ、む、り、」
「ヅラじゃない、桂だ、って銀時!!
ったく、手の掛かる」
桂は気を失った銀時を抱き上げ、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「銀時、銀時、起きろ」
桂は銀時の頬を叩き起こそうとする。
《桂さん、もっと優しく、病人なんですから》
「おお、そうだったな、エリザベス。
しかし、いつまでも此処に居る訳にはいかん!
幕府の狗共に見付かるではないか」
《じゃあ、私が玄関先に置いてきましょう》
「それでは、お前が捕まるぞ、エリザベス。
それに、銀時が入院する事になるだろうが」
《じゃあ、起こしましょう》
「ん…ごちゃごちゃ、うるせぇ…」
「銀時、起きたか」
「どこ、ここ」
「病院だ。貴様の様なヤツの面倒は見切れん。とっとと降りろ」
「病院?降りろって、」
銀時は正面に屯う真撰組隊士達を見る。

「さぁ、行け。
貴様の面倒は黒狗が見てくれよう。
片意地を張らず、ヤツを許してやれ」
「ヅラ…」
「ヅラじゃない、桂だ。
貴様、何度そのニックネームは止せと言ったか、忘れたか!」
「ああ、忘れない、ありがとう、ヅラ」
「貴様!もう良い!行け!
俺は暫く潜伏する。
さらばだ!銀時」
桂は銀時を車から降ろし その場を立ち去った。

 

銀時は暫くその場に立ち尽くし、どうしたものか 考えていた。


「だ、旦那?」
山崎は目敏く銀時を見付け駆け寄る。
「お!万事屋の!」
「奥方!」
「旦那!」
銀時が戸惑って居る間に 真撰組の隊士達が駆け寄り取り囲む。
「旦那ァ~」
山崎は半ベソかきながら言う。
「戻って来てくれたんですね?
早く、副長の所に行ってあげて下さい。
ずっと心配してたんですよ」
「ジ、ジミー、でも」
「でももクソも無いよ、副長、毎ん日、旦那の事探したよ!
早く会ってあげてよ」
「トシ、大丈夫なの?
怖くて、行けない、よ」
「何言ってんの!?」
山崎は強引に銀時の手を引いて病院へ入って行った。

[なんだよ、旦那、こんなに痩せて、窶れちゃって、]

 

「ここですよ」
ICUの文字を見ただけで銀時は目を閉じ、生唾飲んで大きく息を吸った。
「酷いの?」
「外見は変わり無いです。
ただ、意識はありません」
「誰か、居る?」
「いえ、」
銀時はICUの扉を開けて中に入って行った。

土方はただ、眠っている様に見えた。
沢山のチューブや、コードが身体を這い、器械に繋がれている。
「トシ…」
銀時はベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛け、そっと土方の頬に触れ、肩に触れた。
頭、肩、腕に巻かれた包帯を見て手を握る。
「トシ…」
銀時はその手に頬擦りし、土方の名前を繰り返し呼び続けた。

 

山崎は近藤と沖田が仮眠を取っているバスが停めてある駐車場へ向かう。
「局長、旦那が戻って来ました。
今、副長の所に居ます。」
山崎の言葉に近藤は跳び起きる。
「何ッ?銀時が?」
「はい、酷く痩せて、窶れちゃって…
見てるの辛いですよ、俺」
「あの銀時が?そんなに面変わりしたのか?
それじゃ、尚更…
銀時は身重なんだ、付き添いなんて無理だろう」
「んじゃ、俺が一緒に付き添いまさァ」
沖田はアイマスクを外し、仮眠していたバスから降りて病院に入って行った。

 

ICUの扉の小窓から中を覗くと、土方の手を握り締め、頬寄せる銀時が居た。
静かに開く扉を振り返り、銀時は沖田を見る。
「旦那ァ、お帰り」
「沖田くん、トシの容態、どうなの?」
「爆心地の近くに居たモンですからねぃ、派手に吹き飛ばされ、頭を強く打ってやして、全身打撲、左肩と腕は骨折してまさァ」
「意識、戻る?」
「今は何とも、旦那の方こそ大丈夫ですかぃ?
顔色悪ぃですぜ?」
「あ、うん。大丈夫、」
銀時は土方の腕を撫でながら、気もそぞろに言う。
「すっかり痩せちまって、そんなんで、赤ん坊は大丈夫ですかぃ?」
「ああ、大丈夫だよ、これでも、戻った方なんだ…」
「アンタ、そんな痩せちまったんで?」
「まぁ…」
「土方さんが目覚めたら、文句言ってやったらイイですぜ」
「そう、だね」
銀時は落ち着きなさげに答え、沖田は口を噤み土方を見下ろした。

[困ったねぃ。
土方さんが目覚めねぇ事にゃあ、旦那の神経、保たねぇですぜ?
今にも切れそうな糸みてぇに張り詰めて…
やべぇなこりゃ…]

「トシ…」
「トシ」

[山崎じゃねぇが、こりゃあ、見てるなァ、辛ぇなァ]

銀時は何時間もジッとしたまま土方の手を握り締め、名前を繰り返し呼び続けていた。

 

 

 

 

「旦那ァ、食事して来て下せぇ」

銀時は首を振りその場を離れ様とはしない。
「アンタに倒れられる訳にゃあいかねぇんでぃ」
「大丈夫」
「大丈夫な訳ねぇだろぃ。今にもブッ倒れそうじゃねぇですかぃ」
「倒れ無い、トシが目覚める迄、離れ無いよ」
「旦那ァ、土方さんが目覚めんの、何時だか分からねぇんですぜ」
「そうだね、だから?此処に居たって無駄だってぇの?
そりゃ、その通りだよ?ケドさ、他に、行く所…
無いんだよ…
もうさ、離れたく無いんだよ…」
「旦那ァ、アンタ」
「トシが俺の事、忘れてたって良い、どんな酷い事になっても、もう、離れ無い」
「そうですかぃ、んじゃ簡単に食えるモン買って来まさぁ」
「ありがとう。沖田くん。アンタ良い子だね」
「イヤ~旦那程じゃあねぇよ。
俺が良い子だなんて、ンな事言うなァ、旦那だけでさぁ」
沖田は笑ってICUを出て行った。

「なぁ、トシ、アンタさぁ、皆に愛されてるよね…
いっつも死ねって言ってる沖田くんも、アンタの事、心配してるよ」

「ホント、俺の事、忘れてても良いから、目ぇ覚ましてよ、頼むよ…
トシ…トシ…」
銀時は涙ながら呟く。
土方の腕を銀時の涙が伝う。

 

「旦那ァ」
戻って来た沖田は、銀時が土方の腕に寄り添い眠るのに気付いて、廊下で待つ事にした。

 

「どうだ、トシの様子は」
「何らか変わりやせんぜ。
旦那ァ付き添いながら寝ちまっでんで」
近藤はICUの小窓から中を覗く。
「なんだか、銀時のヤツ、小さく見えるな」
「実際、弱ってますぜ。
土方さんがヤバイ事んなったら、旦那も、赤ん坊も、」
「オイ、総悟」
「イヤ、マジな話し」
「それだけは避けたいぞ」
「そうですねぃ…」
沖田は命の儚さを知っていた。
「まぁ、こんな事くれぇでくたばる土方さんじゃねぇだろぃ」
「当たり前だ!
トシには居て貰わにゃあ、俺が困る!」
「威張って言う事っちゃねぇでしょ近藤さん」
沖田は笑う。
「そうだな」
「どうぞ、とっつぁんに呼ばれてんでしょ」
「ああ、行って来る」
「はいよ」
近藤はもう一度中を覗き込み、小さな溜息吐いて病室を立ち去った。

 

 


「あ…寝てた…」
銀時は顔を上げ、いつの間に眠っていたのに気付き、土方を見詰めた。

どの位眠っていたのか分からないが、土方に変わった様子は無かった。

銀時は立ち上がり、急な眩暈を感じ、ふら付いて土方の方に倒れそうになった。
「旦那!」
様子を見に入って来た沖田の目の前で倒れそうな銀時を慌て抱き留める。
「あ…」
銀時は沖田の顔を見た瞬間、気を失った。
「ああ、倒れちまった、よっと!」
沖田は銀時を抱き上げICUを出て行った。

 

 

 

 

 

 

次に銀時が目覚めた時、そこには新八と神楽が居た。
「銀さん!」
「銀ちゃん!心配したアルよ~」
「沖田さん!銀さんが」
新八は沖田を呼びに廊下へ出る。
「神楽…あ、トシは?」
「変わり無いアル。
銀ちゃん、どしてたアルか?
ちゃんとご飯食べてたアルか?」
話し掛ける神楽を遮り、起き上がろうとする銀時を神楽は止める。
「銀ちゃん、無理アル、寝てるアルよ」
「トシ、トシの側にいたいんだ」
「銀ちゃん、駄目アル。
銀ちゃんの身体、銀ちゃんだけのモノ違うアル。
赤ちゃんもいるネ、今無理する、宜しくないって、お医者さん言ってたネ」
「旦那ァ、そう言う事った、暫く安静にしてて下せぇよ。
土方さんの事ァ俺が見てやすんで」
「そうですよ、銀さん。
もう、心配させないで下さい」
3人に詰め寄られ、銀時は仕方なしと横になり目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「何だってこんな時に何時間も寝れるかな」
気付けは真夜中で、昏々と眠りこけていた自分に悪態吐くと銀時は、傍らに寄り添い眠る神楽と椅子に腰掛け眠る新八を見詰めた。

二人を起こさ無い様に銀時はそっとベッドを降りて病室を出て行く。

 

ICUの前のベンチでは 沖田がアイマスクをして居眠りしていた。

銀時は足音一つ立てずに沖田の前を通り過ぎICUの扉を開ける。

沖田はアイマスクをずらして、銀時の後ろ姿を見詰めた。

[ったく、しょうのねぇお人でぇ。
自分の事よか、土方さんのが大事って事かい]

沖田はアイマスクを掛け直し、再び寝たふりをした。

 

土方を見下ろした銀時は顔を近付け、渇いた唇をなぞり、口付けた。

「うっ、うぅぅっ…」
銀時は声を押し殺し泣いた。

「やだよ…死ぬなよ…トシ…」
椅子に腰掛け土方の腕を撫でながら言う。

「トシ…」
「トシ…」
何度も繰り返し名を呼ぶ。

「トシ……」
「トシ……ねぇ……」
「トシ…」
銀時の鳴咽だけが響いた。

「トシ…」

「死なないで……」

「トシ……」

「お願いだよ……」

「トシ……トシ……」

 

「うぅぅっ……トシ……」

土方の腕がピクリとする。

微かな反応に銀時は顔を上げ土方を見る。

「トシ…」

「泣い…てんじゃ…ねぇよ…」
掠れた喉に引っ掛かる声で土方は呟いた。

「トシ!」
「オメー…俺が…泣いた時ァ…
目ン玉…溶けるって…言った…
クセして…オメー…自分は…泣き…通し…かよ…オイ…」
「トシ!トシぃ!」
「うる…せぇよ…
なんだ…こりゃあ…オイ…銀時…
俺ァ…どう…したんだ…
身体…痛てぇ…」
「トシ、誰だか分かる?」
「ああ?…銀時だろーが…オメー…ナニ言って…んだよ
痛てぇ…骨折か…」

―カラリ―

「目ぇ覚めやしたかぃ、土方さん」
「ああ…総悟…俺ァ、随分…酷く
やられたみ…てぇだな…」
「ええ、爆風に巻き込まれたんでさぁ」
「そう…か…
んで…銀時ゃあ…泣き通し…かよ…
オイ…泣くな…」
「うん」
「俺ァ医者呼んで来まさぁ」
「銀時…どう…しちまった…
酷ぇえ…窶れちまって…」
「色々、トシ、意識不明の重体だったんだよ、」
「それ…でか…済まねぇなぁ…
いっつも…苦労…掛けて…」
「んな事、ねぇよ…」
「なぁ…なんか…暫く、会って…ねぇ気が…すんな…」
「ずっと、寝てたからさ…」
「エラく…痩せてんな…」
「大丈夫だから、もう、喋んな…」
「なぁ…銀時」
「なに?」
「泣くな…」
土方は辛そうに右手を動かし銀時の頬に触れ涙を拭った。